maki3tutu's blog

思ったことをつれづれと

何か神秘的な話をしたかったんだけど

 

そんな話は私には存在しないのだ。

 

なんだろうな。

真皮、真否、心皮、神秘…

 

 

いや、前回というか、最近よく思うのがですね。

 

お祈りとか人の強い想いっていうのには、なにかしらの力があるんじゃないかしら。

とそう考えることが増えたのです。

 

それは私のここまでやってきて見えてきた1㎜くらいの隙間をのぞくような感覚なんですけど。

 

 

例えば、私が私の力を信じる気持ちとか、私が今の人生を愛する覚悟とか。

そういうものは、そういうものがない時と比較して、やっぱり気持ちとか起こることが違うんじゃないかなと思うんですよね。

分かりにくいよね。

 

 

例えば、私はどこでもやっていける!って漠然と思えていれば、案外そうなる気がするんですよね。それはだからこそ、辛いところでもがき苦しめってことじゃなくて、どこでもやっていけるんだから、自分が居心地がより良いところを目指す(行動を起こす)っていうようなイメージ。

反対にこんな私だからどこに行っても同じよ…と思っていれば、どこに行っても自ら変化しようとしない、ひねくれている、そんなイメージ。

前者の方が、人当たりもよさそうだし、笑顔が多そうですよね。

後者の方が根暗そうですよねん。

表面的なところで評価されて、周囲の状況が変わるということは容易に想像がつくんだけど、それだけではなくて、その思考がさ口とか顔に出していなくとも、電波とか生きる姿勢とかで相手に伝わるんじゃないかという、超絶イメージ論を展開する。

 

なんだろう。

私の身の回りの人が本当になぜか分からないけれども、不幸というか苦悩を呼び寄せる人で、これはこの人の生まれた★なのだろうか、それともこの人のネガティブな思想が周囲の人に伝わってしまうのだろうか、と考えることが多々あるからです。

 

私は人生で人間に拒絶されたことなんて片手に収まる程度だし、自分でこれ以上やったら自分壊れちゃうというアンテナピンピンですぐ逃げる質なんだけれども。

甘ちゃんと言われたら、「すみません」しか言えないけど。

 

そういう逃げる選択肢があがらないような思考をしてんだよね。

 

 

 

何言いたいか分からんんえ。

 

そして全然神秘の話じゃない。

 

まぁいいや。

今日はこの辺にしとこ。

文章書くリハビリ!

 

乙です。