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maki3tutu's blog

思ったことをつれづれと

涙の行方

 

今の私には何もない、空っぽっぽ。

悩みがない。

 

つまり文章を書くエネルギーがない。

 

怒りがないと、何も生まれない。

悲しみがないと、何も生まれない。

 

それは平和で素敵なこと。

 

だから私はそれを求める。

だから私は苦しい選択をする。

 

 

でもでも、振り返れば苦しいことなんて山のようにあって、私はそれを見ないふりしているだけなのかもしれない。もしくは、本当に平坦で楽ちんな人生なのかもしれない。

 

 

一度折れてしまった茎はどんなに真っ直ぐに戻ったって、折れた跡が残る。

 

うつ病になるのに3年かかって病気退職しても、復職するのに6年かかる。

 

50年我慢し続けても、いつか限界がきて爆発して無能になる。

 

 

 

そんなもんなのだ。

でもこういう苦しみを乗り越えて、新しい私に出会って、新しい生活を愛せるようになるのかもしれない。

じゃあ生まれつきそれを新しい私への更新の仕方を知っている人とそうでない人は何が違うのだろうか。

やはり、生まれや育ちだろうか。友達に恵まれたかどうかだろうか。その人の生まれ持った性質だろうか。それとも運だろうか。

 

私たちは何もかも選択しているのではなく、選択させられている。

あたかも自分の頭で考え、自分の意志で選んでいるように思っている。

でもそれは周囲の人間の質や言動に影響されるし、見ているものでしか人間が判断できないのであれば、そこに生まれたら選択肢はそこにあるものでしか選ぶことができない。考えたいように考えているのではなく、そのように考えさせられる環境にいるのではないか。

 

 

そうだと思う。だからそれしか選べないから、それを選択するという限定を少しでも減らしたい。そのための教育であると思う。

自力で調べる力をつけて、選択肢を増やせることが大切なのではないだろうか。

それを学ぶ場が学校であると思う。

 

 

 

 

話は変わって、継続するために必要な話し合いをするうえで大事なのは気合ですよね。

別に良し悪しではないし、決着を決めるわけでもないし、答えを出したいわけでもない。

自分の気持ちを分かってほしい、相手の気持ちを分かりたい。そうしたうえでお互いが納得できるかどうかの話である。納得して心地よくいるための手段である。

それが私は苦手である。

何か反論されたら「嫌われている」と思い込み、自分が何かを言うと「嫌われるんじゃないか」と思い込む。

自分大好き人間、うぬぼれ自意識過剰人間である。

残念であるが、そうなのである。

私は今訓練中なのである。あらゆる人と意見を交わすことを。

恐れてひるむ時もあるけれども、話していて思考停止になることもあるけれども。

私のことをそんなに嫌いになるほど興味を持っている人もいないし、そこまでうぬぼれなくてもいいんじゃ。

 

 

 

本当に書きたいことは最後のことだったね。

 

 

 

次は人間の神秘、不思議な力は絶対にあるという話から書き始めたいと思います。(笑)

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